注目論文の解説

核破砕中性子源を用いた核データ測定のための中性子ビームモニタの開発

2022年6月21日

要点

  • 大強度陽子加速器施設(J-PARC)での中性子断面積測定に必要とされている中性子検出器の開発を行った。
  • 高強度ビームによる高い計数率と中性子源からのガンマバーストに対応するために時間応答が速く、ガンマ線感度が低い薄型プラスチックシンチレータと中性子変換膜を組み合わせた検出器を開発した。
  • 検出システムの概念設計を行った。J-PARCの中性子ビームを用いてテスト実験を行い、検出手法としての妥当性を評価した。その結果、J-PARCの核破砕中性子源からの高強度中性子ビームの中性子スペクトルを十分な精度で測定できることが証明された。

概要

核破砕中性⼦源による⾼強度の中性⼦ビームを直接測定するための中性⼦検出器を開発した。大強度陽子加速器施設(J-PARC)での中性⼦核データ測定研究において、高強度の⼊射中性⼦を直接、精度良く計測するための中性⼦モニターが必要とされている。

研究背景と目的

核破砕中性子源の登場により核データ測定は飛躍的に進歩した。他の中性子源より効率的に大強度の中性子ビームを発生することができる核破砕中性子源[用語1]は、放射性核種、微量試料、断面積の小さい核種の測定を可能にした。入射中性子を測定する目的は2つある。ひとつは反応断面積を導出するのに必要な入射中性子スペクトルの測定、もうひとつは各測定を中性子フルエンスにより規格化するためである。従来の中性子検出器の多くは核破砕中性子源からの高強度中性子ビームの測定が難しい。そこで本研究では核破砕中性子源からの中性子ビームをモニターできる中性子検出器の開発を行った。

研究の方法

図1に今回開発した新しい検出器の模式図を示す。検出器の構成として薄いプラスチックシンチレータに中性子断面積が大きい6Liの薄膜を貼り付ける構造を採用した。6Li(n,t)4Heによって発生したアルファ粒子と三重陽子をシンチレータで検出する。シンチレータからの発光は光電子増倍管によって電気信号に変換される。中性子変換膜を利用したビームモニタは他の核破砕中性子源施設でも開発されている。しかしながらこれらの施設で使用されている荷電粒子検出器はシリコン検出器が使用されており、より高強度のビームをモニターする際は時間応答の早いプラスチックシンチレータが有利になると考え採用した。またシリコン検出器は真空容器に入れて使用するが本研究での検出システムは薄膜をシンチレータに隙間なく接触させるため真空容器に入れる必要がなく小型化できる点も有利な点の1つである。検出効率にかかわる設計として薄膜の厚さをモンテカルロシミュレーションコードPHITS を用いたシミュレーションにより決定した。その結果、薄膜は厚くしすぎると特にアルファ粒子の一定以上のエネルギーを持った粒子の検出数が飽和することが分かった。計算結果から最適な厚みは500 mg/cm2 であると結論した。6Liの薄膜は真空蒸着法により作製した。バッキングはアルミニウム箔を使用した。6Liは安定化合物であるLiFの粉末を使用した。製作された中性子検出器は、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF) の高精度中性子核反応測定装置(ANNRI )でテスト実験を行った。繰り返し周波数25 Hz のパルス化陽子ビームがMLF の水銀ターゲットに入射し、水銀ターゲットの核破砕反応により中性子が発生する。核破砕中性子は液体水素モデレータで減速され、ビームラインに導入される。ビームパワーは615kWであった。中性子エネルギーは飛行時間法[用語2]によって測定され、飛行距離は28.6mであった。飛行時間と波高の2次元データを記録した。バックグラウンド測定として、シンチレータからの光の反射を考慮して同位体濃縮していないLiFを使用した試料も用いて測定した。

研究の成果

実験結果から6Li(n,t)4Heによる信号が確認された。波高スペクトルでは6Li(n,t)4He反応のピークが観測され、飛行時間スペクトルでは6LiFとnat[用語1]LiFのスペクトルに差異が見られた。不感時間補正、オーバーラップ中性子差し引き、飛行時間補正を施して6LiFのスペクトルからnatLiFのスペクトルを差し引き、中性子スペクトルを導出した。自己遮蔽、多重散乱の効果はシミュレーションによってほとんど影響がないことが分かったため断面積データと原子数密度を用いて中性子スペクトルを導いた。導出された中性子スペクトルは過去の測定データと合致しており、また統計精度もモニターに十分であった。したがって、本研究で開発した中性子検出器は、核破砕中性子源からの中性子ビームのモニターに使用可能であることが明らかとなった。

図2 NMB4.0 開発チーム(左から  岡村知拓(ZC研)、中瀬正彦(ZC研)、西原健司(JAEA)、方野量太(JAEA))

図1 開発した検出器の模式図

用語説明

[用語1] 核破砕中性子源 :
GeVオーダーの高エネルギー粒子が原子核に衝突すると原子核をバラバラに分解する核破砕反応が起きる。核破砕反応からは大量の中性子が発生するため効率的に中性子を発生させる手段として利用されている。核破砕中性子源は高強度中性子ビームを生成するものとして世界各国で運転・建設が進められている。
[用語2] 飛行時間法 :
中性子のエネルギーを計測する手法。中性子をある一定距離飛行させ、その飛行時間を計測することで中性子エネルギーを決定する。

論文情報

掲載誌 :
Journal of Nuclear Science and Technology
論文タイトル :
Development of a neutron beam monitor with a thin plastic scintillator for nuclear data measurement using spallation neutron source
著者 :
Nakano H 1) , Katabuchi T 1), Rovira G 1) , Kodama Y 1) , Terada K 1) , Kimura A 2), Nakamura S 2), Endo S 2)
DOI :
https://doi.org/10.1080/00223131.2022.2067598
所属機関 :
1) Laboratory for Zero-Carbon Energy, Institute of Innovative Research, Tokyo Institute of Technology
2) Department of Nuclear Science and Engineering Directorate, Japan Atomic Energy Agency