注目論文の解説

固有の安全性を有する溶融塩高速炉の研究(II)
- 安全保護系不作動でも安全に停止する原子炉 -

2024年1月5日

要点

  • 溶融塩高速炉[用語1]は、核分裂で発生する核分裂生成物[用語4]を運転中に除去するシステムを有しており、燃料の質を保っている
  • 溶融塩高速炉に対して、反応度事故、全交流電源喪失、燃料流量喪失、熱除去機能喪失に対して、安全保護系不作動状態での解析実施
  • 多くの過渡事象発生により、原子炉は自然に原子炉を低下させる
  • 運転員は、事故後10分までは何も対応しない事を想定。10分後に燃料ポンプや中間循環系ポンプの流量を10%程度に低下させることで原子炉は安全余裕を有して停止
  • 自動起動していない崩壊熱[用語5]除去系を運転員が操作することで、原子炉は安全な温度域を推移
溶融塩高速炉は、原子炉固有の安全性[用語2]で安全な状態に移行する性質を有しているため、従来の原子炉よりも安全性が格段に高い

概要

制御棒を設置する必要のない塩化物溶融塩高速炉システムに対して、システムコードRELAP5-3DとCFDコード[用語3]FLUENTに核動特性方程式を組み込んだコードを利用して、従来の原子炉では、制御棒が挿入されないと炉心が破損するような事象を想定した二相流状態での核熱連成解析を行った。運転中に燃料流量が低下すると、ボイド率が上昇し、ボイド反応度係数が負である塩化物溶融塩高速炉には、大きな負の反応度が投入されることになる。この結果、燃料ポンプや中間循環系のポンプがすべて故障する事象は、安全保護系が作動してもしなくても原子炉は十分な安全余裕をもって停止し、崩壊熱状態に移行する。もちろん温度反応度係数も大きな負であるため、温度が何らかの理由で上昇しても原子炉の出力は低下する。従来の原子炉の燃料が破壊されるような大きな反応度が投入された事象でも、温度上昇によって出力は初期の出力近傍に自然に数秒で戻り、運転員が10分程度で燃料ポンプや冷却ポンプの流量を10%程度に低下させる操作をするだけで問題なく原子炉停止に至る。崩壊熱に移行した原子炉システムは、動力を使わない自然循環により、空気で安全な状態に冷却されることも解析的に明確になった。

研究の背景

溶融塩炉は、他の原子炉システムに比べ安全性が比較にならない程高いという点が福島事故以降着目され、海外では開発競争が進行中である。1979年のスリーマイルアイランド事故や2011年の福島事故では、炉心燃料の冷却不全が燃料を高温状態にして炉心溶融を引き起こしている。チェルノービル事故では、制御棒挿入時に炉心下部に正の反応度が加わった結果、冷却材のボイド率が増加してしてさらに大きな正の反応度が炉心に加わり原子炉暴走を引き起こした。このような従来経験した事故のシナリオを想定しても溶融塩炉は安全に推移することを示すことが研究の目的である。溶融塩高速炉は、核分裂によって生じる核分裂生成物(FP)を運転中に除去するため、ボイド率が0.2-0.4%程度になるように少量の微小径のヘリウム気泡を炉心入口より注入している。このことは、定常状態の核の特性にはほとんど影響が生じない。しかし、燃料流量が低下すると、ボイド率が上昇して大きな負の反応度を炉心に投入する特性を有するため、安全性はさらに向上するはずであり、二相流の状態で安全性を評価することが必要になった。

溶融塩炉は燃料組成によっても違うが、すでに液体の状態であり、大気圧状態で運転でき、約1400℃から1500℃までは沸騰しない特性を有している。また、溶融塩高速炉は、軽水炉で使用した燃料や、核廃棄物、蓄積されているプルトニウムを利用することができ、その他ウランの99%以上の軽水炉では燃やすことができず捨てている燃料を有効資源に変換する等の特性があることも研究している理由の一つである。さらに、軽水炉などの安全性は、工学的安全施設を用いることで大きな事故に移行しないように保たれているのに対して、溶融塩高速炉は自らの特性で、温度が高い状態になれば、原子炉出力が低下して温度が低い状態に移行する固有の特性を有しているため、工学的安全施設に大きく依存することはない。このため、人為的な間違いや外部からの異常が加わった場合でもシビアアクシデントに移行する事はほとんどないと予測されている。

開発競争は、TerraPower社やElysium社を中心に、主にベンチャー企業が中心であり、安全性に関する詳細はほとんど報告されていない。このため、溶融塩炉の安全性がどの程度のか判断が行えない状態であった。日本政府や電力が「我が国でシビアアクシデントが生じることはない」と言っていたが、福島事故が生じてしまったことによって、日本人の多くには原子炉は非常に危険なものであるとの認識が定着してしまった。しかし地球規模の温暖化に対処するため、米国、フランス、英国では、溶融塩高速炉を開発するための研究が加速しており、中国ではトリウムを核分裂可能なウラン233に変換して利用するため、すでに溶融塩炉が建設され許認可状態にある。従来、日本では、原子炉の中でも溶融塩炉の研究が敬遠されてきた特殊な経緯があり、溶融塩炉の研究にはほとんど予算が出されていない状況が続いている。このため、研究の規模は小さく、溶融塩炉をシステム的に研究するまでには至っていないが、安全性だけでも明確にしておきたい。

溶融塩高速炉を実現するためには、化学、物理、炉工学のすべての分野を統合して研究する必要が有り、大学が大きな役割を果たすことのできる炉型でもある。現在、大学では原子炉をシステムとして考えることができる人材がほぼいなくなっているが、体制を再構築する上での良いテーマと考えている。多くの人が、本安全性に関する研究を通じて、溶融塩高速炉が他の炉型に比べて類を見ない程安全であることに気が付き、総合的な研究が開始されることを切に願っている。

研究の成果

これまでに著者は、溶融塩炉の過渡事象を解析する一点動特性手法を提案し、その手法が正しいものであることをアメリカのオークリッジ国立研究所で1960年代に建設され運転された溶融塩炉MSRE[用語1]のデータを利用して検証してきた。この手法を利用して、従来の原子炉ではシビアアクシデントになる可能性が極めて高い過渡事象や事故事象を想定し、さらに安全保護系も用いない解析を行った。解析対象の溶融塩高速炉は、1に示すように制御棒を有しない塩化物組成の高速炉であり、熱出力が700MWtである。この原子炉は、熱交換器の基数で出力を調整するモジュラー型であり、1つの原子炉出力に対して研究しておけば、50MWtの小型から、2000MWtを超える大型の出力まで対応可能になる。

原子炉が制御棒を有していないため、ほとんどの人は、本当に原子炉が安全なのかと疑い、どのように原子炉を起動するのかと疑問に思うことであろう。しかし、図2に示す解析モデルを用いたこれまでの解析の結果、FP除去のために注入しているヘリウム気泡のおかげで、燃料ポンプ流量を原子炉停止状態の10%から100%流量に増加させるだけで、崩壊熱状態で停止している原子炉を臨界させ、さらに出力上昇できることが明確になった(3、論文1)。また、原子炉にとって最も厳しい事故である即発臨界を大きく超えるような反応度が投入される事故に対しても、安全保護系が作動しない状態でかつ運転員も何も対応しない状態で、制御棒を挿入する事や急速な燃料ドレンは不必要との結果となった。この事故を従来のナトリウム冷却高速炉に想定した場合には、大きな機械的エネルギーが炉内で発生して燃料が破損することが実験的にも明確になっている。評価した反応度の大きさは、溶融塩高速炉の場合に加えられると想定される量をはるかに上回る大きさであるが、特に問題は生じない。10分後に運転員が燃料ポンプ流量を1/10に低下させることで原子炉はボイド率増加のおかげで安全に停止し、その後崩壊熱除去系をゆっくりと起動することで重大な事故には至らないことが明確になった(図4、論文2)。

その他の燃料ポンプが全数停止する事故、中間循環系のポンプが全数停止する事故に対しても、安全保護系不作動、運転員の不介入でも原子炉は安全に停止して安全温度の範囲で冷却されることも明確になった。

図1 提案している溶融塩高速炉の熱輸送システム概要
図1  提案している溶融塩高速炉の熱輸送システム概要

図2 システムコードでの熱輸送系解析体系と連成したCFDコードの解析体系概要
図2 システムコードでの熱輸送系解析体系と連成したCFDコードの解析体系概要

 図3 原子炉停止状態で燃料ポンプ流量を増価させた場合の崩壊熱出力から定格出力に増加する挙動
図3 原子炉停止状態で燃料ポンプ流量を増価させた場合の崩壊熱出力から定格出力に増加する挙動

 図4 全交流電源が失われ、安全保護系も不作動の場合の炉心出力と長期的な燃料温度挙動
図4 全交流電源が失われ、安全保護系も不作動の場合の炉心出力と長期的な燃料温度挙動
(DHRS: Decay Heat Removal System)

用語説明

[用語1] 溶融塩高速炉 :
食塩などとウランなどの核分裂物質を600-900℃程度の高温にして溶融させ混合した状態で燃料として利用する原子炉であり、高速中性子で核分裂する物質を生産したり、核廃棄物などを我々が扱いやすい物質に転換させる能力を有する原子炉である。
[用語2] 固有の安全性 :
原子炉システムに生じた異常が、システム外からの操作、信号などの入力なしに、システム自体の有するメカニズムによって排除・抑制されることをいう。
[用語3] CFDコード :
Computational Fluid Dynamicsの略であり、流体力学の基礎式を数値的に組み込んだ解析コードで、種々の乱流などの流れを再現できるようにしている。
[用語4] 核分裂生成物 :
ウラン等が核分裂した結果生成される物質であり、原子炉の特性に影響を与えたり長い間放射性物質として残る場合がある。
[用語5] 崩壊熱 :
原子炉内の核分裂連鎖反応によって生じた核分裂生成物が、自分自身の不安定性を解消して安定な物質に変わる場合に放出する熱のこと。
[用語6] MSRE :
1965年から1969年にかけて米国オークリッジ国立研究所で運転された熱中性子型の溶融塩炉であり、Molten Salt Reactor Experimentが正式な名前である。

論文情報

掲載誌 :
Nuclear Engineering and Design, (2023), 414, 112560, 1-16.
論文タイトル :
Study on Start-up of Molten Salt Fast Modular Reactor from Shutdown Based on Two-Phase Flow CFD Analysis
著者 :
Hiroyasu MOCHIZUKI
所属機関 :
東京工業大学科学技術創成研究院ゼロカーボンエネルギー研究所
DOI :
https://doi.org/10.1016/j.nucengdes.2023.112560
掲載誌 :
Nuclear Engineering and Design, (2023), 417, 112825, 1-21.
論文タイトル :
Transient behavior of a molten salt fast reactor under two phase flow conditions with helium bubbling
著者 :
Hiroyasu MOCHIZUKI
所属機関 :
東京工業大学科学技術創成研究院ゼロカーボンエネルギー研究所
DOI :
https://doi.org/10.1016/j.nucengdes.2023.112825