注目論文の解説

共有結合性有機骨格の構造異性体の発現・制御方法を開発

2024年2月13日

要点

  • 共有結合性有機骨格(COF)は原料となるブロック分子を共有結合で繰り返し縮合して生成する多孔体で、さまざまな機能を付与可能なため、多くの応用可能性を有する。
  • COFをなす固い共有結合は高い熱的・化学的安定性の長所をもたらす一方、骨格構造の多様性の拡大が困難かつ結晶性の高い材料生成が困難という短所をもたらしていた。
  • 柔軟な部分構造を持つブロック分子を用いる着想から、世界で初めて3種類の構造異性体(化学組成は同一だが構造が異なるセット)を発現させることに成功した。
  • 本成果はCOFの新たな構造制御自由度を創出したもので、各異性体は高品質な単結晶として得られたことから、COFの多様性拡大と良質な材料生成の両方を達成した。

概要

東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所の村上陽一教授、工学院 機械系のワン・シャウハン大学院生(博士後期課程)、理学院 化学系の河野正規教授、科学技術創成研究院 化学生命科学研究所の福島孝典教授、庄子良晃准教授、理学院 化学系の植草秀裕准教授らの研究チームは、さまざまな応用が提案されているナノ多孔体の共有結合性有機骨格(COF, Covalent Organic Framework)[用語1]について、世界で初めて3種類の構造異性体(化学組成は同一だが構造が異なるセット)を選択的に発現させることに成功し、COFの構造制御の新たな自由度を創出した。

COFは原料となるブロック分子を共有結合で繰り返し縮合して生成する有機多孔体であり、材料内部に機能とナノ空間を設定できる特長と高い安定性とから多岐にわたる応用が提案されているが、固い共有結合のために構造の多様性の拡大が容易ではないこと、および結晶性の高い材料生成が難しいことが、応用への課題となっていた。また、構造の多様性拡大につながりうる異性体の発現は、COFではほとんど知られていなかった。

同研究チームは、柔軟な部分構造を持つブロック分子を用いる着想から、新規なCOFの創出に取り組んだ結果、生成条件によって3種類の構造異性体を作り分けて生成することに初めて成功した。また、各異性体はいずれも、従来のCOFでは稀な高品質な単結晶として得られた。本成果は、COFの諸特性(密度、孔サイズ、機械特性など)が、構造異性体の発現とその生成制御という新しい自由度を活用して設計可能であることを示したものであり、COFの応用展開を加速させるものである。本成果は1月11日、米国化学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載された。

背景

世の中において多孔体の果たす役割は大きい。代表的なものでは活性炭、ゼオライト[用語2]メソポーラスシリカ[用語3]金属有機構造体(MOF)[用語4]などがある。また、電池の構成部品のセパレーターや固体電解質も内部にイオンの移動経路があり、広義の多孔体である。多孔体は孔サイズ、内部での孔のつながり方、および孔の壁面の化学的性質によって性質が決まるため、これらの性質を自由度高く設計できること(デザイン性)が重要となる。これらの項目に加え、多孔体の安定性(熱的・化学的安定性)、孔のサイズの均一さ、構造秩序の高さ(結晶性)なども重要な項目である。例えば、活性炭は安定性が高いが均質性と結晶性が低く、また、孔の壁面を化学基で修飾しない限り物理吸着[用語5]のみでの吸着となるため、吸着種に対する選択性が乏しい。MOFは結晶性とデザイン性に優れるが、応用や環境によっては安定性の低さが問題となる。このように、各多孔体には長所と短所とが存在している[参考文献1]

比較的最近出現した多孔体のカテゴリとして、共有結合性有機骨格(Covalent Organic Framework, COF)がある[参考文献2-5]。COFは、図1(a) のように結合の手を複数持ち、構造の基本単位となる「ブロック分子(building block molecule)」を縮合させて形成される、分子の幅の骨格からなるナノ多孔体である。また、ブロック分子の結合の手の数と向きによって平面状に結合が進展して積層する二次元COF(2D-COF、図1(b))と、三次元的に結合が進展して立体的なネットワークを構築する三次元COF(3D-COF、図1(c))に大別される。構造が立体的に構築される3D-COFの方が、より多様な骨格の幾何的分類(トポロジー、図1(c) に例)を取りうる。

図1. (a)共有結合形成の模式図、COF形成の模式図、およびCOFの特長、(b)二次元COF(2D-COF)の模式図、(c)三次元COF(3D-COF)の模式図。
図1.(a)共有結合形成の模式図、COF形成の模式図、およびCOFの特長、
(b)二次元COF(2D-COF)の模式図、(c)三次元COF(3D-COF)の模式図。

COFは材料として幾つかの特長(図1(a) の「特長」参照)から、これまで多くの応用が提案されている[参考文献5]。例えば、COFは結合エネルギーが高い共有結合[用語6]で構築されるため、より結合エネルギーが低い配位結合[用語7]で構築されるMOFより高い安定性を持つとされる[参考文献6]

しかし、材料一般に言えることとして、固体を形成する結合が固い(安定性が高い)という長所は、高い結晶性を持つ材料を得ることが難しいという短所とのトレード・オフとなる[参考文献6]。例えば、弱いファンデルワールス力[用語8]で形成されるミョウバンは容易に大きな結晶を生成可能であるのに対し、強い共有結合で形成されるダイヤモンドの大きな結晶の生成が難しいことは、その一例である。このため、固い共有結合で構築されるCOFは、これまで1µm~10µm以上の結晶を生成することは困難であった。さらに、結合の方向的制約が比較的弱い配位結合で構築されるMOFの幾何的構造分類(トポロジー)の報告数(350程度[参考文献7])と比べ、結合の方向的制約が強い共有結合で構築されるCOFのトポロジーの報告数は格段に少なかった(約25[参考文献8])。構造の多様性は、それぞれの応用に向けた材料設計の自由度に直接関係するため、COFの応用可能性を拡げるためには、良質な結晶生成を実現することに加え、構造の多様性を拡大することが課題となっていた。

研究成果

このような課題に対し、本研究チームは、柔軟な部分構造を持つブロック分子をイミン結合(共有結合の一種、図2(a))によってネットワーク化する新規な3D-COFの創出に取り組んだ。具体的に、図2(b) に示す、四面体構造(結合の手:4個)を持ち中心の炭素原子から伸びる4本の手の角度に柔軟性がある「TAM」と、直線構造(結合の手:2個)を持ち、柔軟かつ相互作用のあるポリエチレングリコール鎖[用語9]を側鎖に持つ「4EBDA」とを組み合わせて新規なCOFの創出を狙った。溶液中での生成条件をさまざまに変化させて試行を重ねた結果、図2(b) に示す3種類の異なる外形を持つ結晶を生成した(詳細は下記「論文情報」に記載)。これらはいずれも大きさが10 µm以上の高品質な結晶であり、それぞれTK-COF-1、TK-COF-2、TK-COF-3と名付けた。元素分析などの測定から、これらのCOFの組成は同一であることが見いだされた。

この3種類の結晶に対しX線回折計測とそのデータ解析を行った結果、構造がそれぞれ図3(a)~(c) のように解明され、互いに異なる構造を持つ異性体であることが判明した。そして、これらの異性体のトポロジーが、分類表記[参考文献9]にしたがってdia(TK-COF-1)、qtz(TK-COF-2)、dia-c3(TK-COF-3)であることが見いだされた。これは、三次元COFの構造と性質の多様性を、ブロック分子の選択という従来方法に加え、異性体の発現制御という新たな方法によっても増大可能であることを示した重要な発見である。具体的に、この構造異性体の選択によって、図3中に数値を示したようにCOFの密度を約3倍も変化させることに成功している。

図2. 本成果で発見された三重異性体のCOF。(a)イミン結合形成の模式図。(b)使用したブロック分子の組(“R”はポリエチレングリコール鎖)、およびそれらから生成された異性体TK-COF-1、TK-COF-2、TK-COF-3の結晶の模式図。(c)TK-COF-1、TK-COF-2、TK-COF-3の光学顕微鏡写真。
図2. 本成果で発見された三重異性体のCOF。(a)イミン結合形成の模式図。(b)使用したブロック分子の組(“R”はポリエチレングリコール鎖)、
およびそれらから生成された異性体TK-COF-1、TK-COF-2、TK-COF-3の結晶の模式図。(c)TK-COF-1、TK-COF-2、TK-COF-3の光学顕微鏡写真。

図3. 結晶構造解析により解明された(a)TK-COF-1、(b)TK-COF-2、(c)TK-COF-3の骨格構造。それぞれdia、qtz、dia-c3の骨格トポロジーを持つことが明らかになった。
図3. 結晶構造解析により解明された(a)TK-COF-1、(b)TK-COF-2、(c)TK-COF-3の骨格構造。
それぞれdia、qtz、dia-c3の骨格トポロジーを持つことが明らかになった。

社会的インパクト

本研究成果は、COFの構造と性質の新たな設計自由度を創出したものであり、従来の課題であった構造の多様性の拡大と結晶性の向上を達成し、COFの応用展開を加速させるものである。本研究で創出したTK-COF-1~3の応用としては、これらがポリエチレングリコール鎖を持つことから、例えば全固体ポリマー電池におけるリチウムイオンの固体電解質への応用が考えられる。これまでCOFにポリエチレングリコール鎖を付加して金属リチウム固体電池の構成を試みた報告は少数存在したが、いずれも結晶性が極めて低いアモルファス様の不定形物質にすぎなかった。一方、本成果で創製したTK-COF-1~3は、このような従来報告から飛躍的に構造秩序を高めていることに加え、構造異性体を選択生成することによってCOFの孔サイズや密度を大きく変化できることから、リチウムイオンの拡散性(移動度)や密度などの特性を望ましいように選択できるという画期的な利点がある。このため、生成したTK-COF-1~3は、新世代の金属リチウム全固体電池の電解質としての可能性を秘めている(詳細は下記「論文情報」の論文中に議論)。ポリエチレングリコール鎖は用途が広く、電池以外の応用にも有用となりうる。本成果は、ナノ多孔体であるCOF内に配置したポリエチレングリコール鎖を秩序だって構造化することを初めて可能とし、かつ、その密度と配置を異性体の生成制御という新しい方法で多様化できていることから、さまざまな革新的な応用に展開しうるものとなっている。

今後の展開

COFの革新的な応用展開を加速させるためには、異分野の研究者、企業との協業の推進が必要であり、さらなる革新的なCOFの創出とその社会実装に向けたパートナーを探してゆく。また、基礎研究と応用展開のバランスを取りつつ、スタートアップ創出を視野に入れ、引き続き積極的に研究開発資金の獲得と成果の展開を行ってゆく。

用語説明

[用語1] 共有結合性有機骨格(Covalent Organic Framework, COF) :
1種類以上(通常、2種類)のブロック分子を縮合させることにより、それらが共有結合で周期的につながったネットワークとして得られる有機ナノ多孔体。図1参照。2005年に2D-COF[参考文献2]が、2007年に3D-COF[参考文献3]が初めて報告された。多くの応用が提案されており[参考文献5]、近年急速に論文数が増大している。
[用語2] ゼオライト :
結晶性のアルミノケイ酸塩。1~2 nm以下のミクロ孔を持つ多孔体。日本ゼオライト学会のホームページ参照
[用語3] メソポーラスシリカ :
約2 nm以上の規則的に配列した孔を有するシリカ多孔体。
[用語4] 金属有機構造体(Metal-Organic Framework, MOF) :
金属イオンとそれに配位結合した有機分子とから構築される周期構造からなる結晶性の多孔体。COFより約10年早く発見され、同様に多くの応用が提案されている。
[用語5] 物理吸着 :
吸着材とそこに吸着する物質(吸着質)との間に働く引力が、ファンデルワールス力による吸着。。
[用語6] 共有結合 :
二原子間の結合が、1個またはそれ以上の価電子を二原子間で共有することによって起こる結合。
[用語7] 配位結合 :
二原子間の結合が、一方から他方への電子対供与によって起こる結合。
[用語8] ファンデルワールス力 :
原子や分子の瞬間的な電荷の揺らぎ(電荷の偏り)に起因する、近接する全ての物体間に働く弱い引力。
[用語9]  ポリエチレングリコール鎖 :
ポリエチレングリコール(構造式:HO-(CH2-CH2-O)n-H、n は正の整数)の一部を含む分子鎖。本研究で用いた4EBDA(図2(b))は、-O-(CH2- CH2-O)3-CH3の側鎖を2本持つ。

参考文献

[1] Nature Materials, 2021, 20, 1060

[2] Science, 2005, 310, 1166

[3] Science, 2007, 316, 268

[4] Science, 2017, 355, 923

[5] Angew. Chem. Int. Ed., 2020, 59, 5050

[6] J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 3255

[7] J. Chem. Eng. Data, 2019, 64, 5985

[8] Chem. Soc. Rev., 2020, 49, 1357

[9] Acc. Chem. Res., 2008, 41, 1782

論文情報

掲載誌 :
Journal of the American Chemical Society (IF=15.0)
論文タイトル :
Triple Isomerism in 3D Covalent Organic Frameworks
著者 :
X. Wang, Y. Wada, T. Shimada, A. Kosaka, K. Adachi, D. Hashizume, K. Yazawa, H. Uekusa, Y. Shoji, T. Fukushima, M. Kawano, and Y. Murakami
DOI :
https://doi.org/ 10.1021/jacs.3c13863